2007年3月12日更新

伝統的な文化と共に生きる「マサイ」

永松真紀

2005年4月マサイの村で結婚式を挙げました (C) Koji Kitagawa

私の村でママたちと

エウノトの一場面。マサイのダンスは高く飛ぶことを競う。(C) Koji Kitagawa

エウノトの最後。長老から祝福を受ける。(C) Koji Kitagawa

マサイママたちの歓迎の歌

(C) Koji Kitagawa

牛糞で出来たマサイの家

ケニアを訪れる観光客のメインの目的は動物サファリだ。国立公園へ向かって悪路をひた走っていると、次第にそれらしいサバンナの風景。同時に何もないサバンナに、ところどころ点在するマサイ族の村。時折すれ違う赤い布をまとったマサイの人々。サバンナの中では赤が良く映える。
マサイ族は、野生動物が多数生息する広大なサバンナで、自然と調和して生きる牧畜民だ。
牛は神様がマサイのために創造した財産だと、彼らは言う。牛乳と肉を主食とし、皮はベッドに敷く。住居の壁は牛糞と泥を混ぜたマサイオリジナルセメントで塗りこめる。牛の全てを無駄にはしない。

マサイ男子は12、13歳ころになると割礼を受け、その後戦士の時代に入る。戦士だけの集落を作り、長老から立派な大人になるための修行を受ける。野生の中で家畜や家族を守るための知恵を学び、体を鍛える。そんな修行も十分だと長老たちが判断した頃、戦士の卒業式「エウノト」が行われ、彼らは大人になる。
マサイは人生の中で数々の通過儀礼を行いながら成長していく。数ある儀式の中でマサイの男にとって最も重要なのが、成人式ともいえるエウノトだ。
この壮麗な儀式は約1週間続くが、儀式の最後には戦士時代の象徴だった長い髪を剃り落とし、厳しくも華やかだった戦士時代に別れを告げて大人になり、結婚して複数の妻と多くの子供たちと共に生きる。

ケニアの民族と言えば、マサイ族が代表選手として知られるが、それは彼らが他の民族に比べ、今の時代においてもマサイの伝統に誇りを持った生き方を続けているからだ。

動物サファリの合間に、そんなマサイ族の村を訪問することが出来る。入場料を払い、村へ入ると歓迎の歌で迎えられる。
牛糞で出来た家屋を見学し、マサイ流の火のおこし方を見る。英語が話せる村の男性がマサイの文化を説明する。
しかし残念ながらどのくらいの日本人が正しくマサイを学んで帰ってくれているだろう。分かり辛い英語の説明を理解し難いのももっともだ。せっかく村へ行ってもただ「ハエが多かった」という印象だけで帰ってくる観光客が多いのが現実だ。

私がマサイに嫁いだのはまずは彼らの美しい文化に惚れたからだ。私はマサイの妻のようには水汲み、薪集め、家畜の世話はできないが、本業であるガイドの仕事を通じてこの美しい彼らの生き方を伝え、理解を深めたい。
早速今まで観光客には無縁だった我が村で、マサイをよく知るためのプログラムを始めた。
日本の若者たちが電気も水道もない自然の中での暮らしを体験し、マサイの若者たちの案内で彼らの自然環境を歩き、植物や動物、マサイの伝統文化について学ぶためのスタディツアープログラムだ。
夜は焚き火を囲んで長老と語り合う。彼らが発する言葉は複雑な社会を生きる日本人の心を射抜く。
マサイにとって最も重要なことは、長老を敬うこと、相手の文化や生活に対して敬意をもつこと、そう長老は教えてくれる。

価値観が多様化するこの時代に、マサイのシンプルな生き方は、日本人が忘れていたことを思い出させてくれる。
また社会の変化に翻弄させられているマサイの人々にとっても、自然や伝統を守り紹介することで彼らの生活が守られる。
両者を繋ぐ私の役割に重大な意味と責任を感じながら、彼らと共に生きて行きたい。

永松 真紀
ケニア在住のプロ添乗員。1996年より、本格的にケニアに移住。アフリカ各国でガイド、撮影コーディネーターを手掛け、日本国内でも積極的に講演活動を行っている。2005年4月マサイの第二夫人となる。マサイを良く知るためのマサイエコツアーにも力を入れている。著書に「私の夫はマサイ戦士」(新潮社)がある。  http://www.masailand.com/

 

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